通勤が一般的なものになったのは近代になってからです。それ以前の社会では町人の多くは自営業という形で仕事を行っていたり、大規模の商店に住み込みで働いたりしており、現在のように自宅から通って仕事をしている人はあまり多くありませんでした。また人口の多くが農民であり、そもそも町人の数もあまりいませんでした。それでも現在の通勤に近いことをしている例がなかったわけではなく、例えば大名は江戸の屋敷から江戸城に通勤したりしています。日常時の通勤の際はそこまで厳しいルールはなかったものの、江戸城で特別な儀式が行われるときなどは城への通勤そのものが儀式となっており、髪型や衣服なども厳しく決められていました。実際に大老の井伊直弼(いいなおすけ)が襲撃された桜田門外の変のときは、井伊家の屋敷から江戸城の門までの1.5キロほどの距離を一時間近くかけて移動していました。この日はいわゆるひな祭りのため、江戸にいる大名たちは祝賀へ総登城することになっており、井伊はそこで祝辞を述べる予定でした。その為普段の通勤とは異なり、自宅を出たときから儀式ばったものになっていたのです。またこの日に江戸城内で行事が行われることは事前に知らされていたこともあって江戸の町民が登城する大名の見物に訪れており、襲撃した水戸藩士たちも見物客に紛れて行動していました。そのような事情があって、この日が襲撃の決行日に選ばれたのではないかと言われています。
通勤文化が確立したのは近代以降であると述べましたが、それは郊外の住宅地の発展や交通機関の発達によるものです。現代の満員電車や長距離通勤の光景は、人口の集中や経済の発展により生まれたものです。今後も都市化が進み、交通手段の改善が行われることで通勤の環境は変化していくでしょう。
現代の通勤状況を考えると、混雑やストレスなどの課題もありますが、それでも多くの人々が通勤を続けています。これは経済活動を支えるために欠かせない行動であり、社会の発展に貢献していると言えます。&Buzzとしては、現代の通勤環境を応援し、さらなる効率化や快適性の向上に向けての取り組みを見守っていきたいと思います。
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